4004 - 昭和電工(株)

昭和電工株式会社は日本の化学工業会社で、東京証券取引所市場第一部上場企業です。

戦前は森コンツェルンの中核企業でした。

森矗昶が設立した日本電気工業と、味の素傘下で、やはり森が経営に参加した昭和肥料の合併により、1939年(昭和14年)6月に設立され、「昭和電工」という社名は、この両社名を組み合わせたものに由来します。

2011年(平成23年)3月7日より、同社グループのスローガンとして「具体化。」(英文では“Shaping Ideas”)が制定され、あわせて鉛筆をモチーフとしたシンボルマークも制定されました。

ハードディスク外販首位です。

石油化学、電子材料用ガス、アルミ、電炉用黒鉛電極など事業幅広いです。


沿革を見てみましょう。

森矗昶はヨード工場の見習工から出発して、海草からヨードの抽出事業を進めていた「味の素」の鈴木三郎助、鈴木忠治兄弟と手を組んで化学工業会社を興し、1922年(大正11年)に森興業を、1928年(昭和3年)に昭和肥料を設立しました。

昭和電工の設立は、森コンツェルンが、新しい化学工業の一大拠点とするため、森コンツェルン傘下の昭和肥料や日本電工などを糾合してスタートしました。

また、昭和電工の基礎となった総房水産は、森矗昶の父森為吉と、安西浩、安西正夫兄弟の父安西直一が創設したものでした。

このようないきさつから、昭和電工は、森一族、味の素の鈴木一族、そして安西一族の共同作業の結果つくられた企業体でした。

そのため森曉、安西正夫、鈴木治雄などが社長を務めました。

味の素の創業者鈴木三郎助(二代目)は、もともとヨードの製造販売でライバル関係にあったが、森の会社が経営危機に陥った際に鈴木がこれを救済した事から友好関係に転化しました。

鈴木は森の経営者・技術者としての才能を高く買い、自身が設立した昭和肥料に森を参加させました。

1931年(昭和6年)4月、昭和肥料は森の指導下で国産初の硫安の製造に成功したが、その数日前に鈴木が他界。

森は鈴木の訃報を知って号泣したといいます。

さらに3年後、森コンツェルン配下の日本電工では、やはり国産アルミニウムの生産に成功しました。

2014年の株主総会を得て退任する現相談役の大橋光夫は石油化学工業協会会長や日本化学工業協会会長等を務めました。

昭和電工の植物工場


上の動画をみるだけで、昭和電工買い!と言いたくなってしまいますが、きちんと噴石死体と思います。

投資判断ですけれども、時価総額は売上高の6割で、営業利益率は6%ですね。

気になるのが売り上げの減少が急激な点です。

チャートは右肩上がりで歴史的高値圏に突入しようとしています。

信用倍率は1倍付近ですが、信用買いが増えています。

売り上げの減少が止まるのを見届けてから買った方が無難かも知れませんね。

私の投資判断は今回は見送ります。

株式投資家の暮らしと夢

初めまして、kurasitoyumeと申します。 wiki等の情報を参考に、企業情報を確認して、その銘柄の投資判断くだす記事をメインに書いてます。 サブ記事でポケモンGOレポートを書いています。

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