信長の野望・創造・PK・プレイレポート・最上家・57(南部晴政と九戸政実)
永禄4年8月。
今川家の三河国侵攻に対し、松平家は織田家に救援を依頼し、織田家は滝川一益らを送っていた。
永禄4年8月。
滝川一益らの部隊は、今川家の武田信虎らを海岸で迎え撃った。
滝川一益の部隊を送り出した織田信長は、今川ごときに負けることはないと考えていたが、織田なくしては生き残れない松平家には、少々苛立ちも感じていた。
永禄4年8月。
赤松家は山名家と共同で浦上家の鳥取城を攻めていたが、毛利家が浦上家の救援に向かっていたので、勝利の見込みはなかった。
しかし赤松家には、一人の策士がいた。
この男の名は黒田官兵衛と言った。
永禄4年8月。
黒田官兵衛は、多くの重臣が山名家と共同で攻め込める鳥取城攻略に注視する中で、小城の室津城攻略こそ赤松家繁栄の第一歩と主張した。
室津城は本城の姫路城より近く、毛利家の援軍が到着する前に攻略出来る唯一の城だったからだ。
赤松家の重臣である政秀は、黒田官兵衛に1500の兵を預け、室津城侵攻を許可した。
赤松政秀は毛利からの救援は考えていないわけではなかったが、浦上家の重臣であった浦上政宗が赤松家に降っていたので、この手引きで鳥取城を落とせるかも知れぬと欲をかいた。
しかし毛利家の参戦もあり、鳥取城をめぐる戦いでは惨敗した。
永禄4年8月。
島津義弘らは竜造寺隆信の籠る大村城を完全に包囲していた。
度重なる強襲を仕掛け、大村城の士気は落ちていった。
一方、肥前鹿島城の方は大友家の救援もあり、島津家は撤退した。
そしてこの月のうちに大村城は陥落し、島津家のものとなった。
永禄4年8月。
最上家の天童頼長が攻めていた九戸城は、天童頼長隊は兵の疲弊と兵糧不足から撤退するしかなかったが、九戸政実隊が後を引き継いで強襲を繰り返し、ついに城を攻略した。
九戸政実は天童頼長の戦ぶりを見て、「捨て身」で戦うことの大切さを学んだ。
天童頼長はこの城が九戸政実にとって故郷の城であることを知っていた。
そしてその奪還の手柄を政実に譲っていた。
九戸政実はそのことを理解していた。
永禄4年8月。
この九戸城の戦において、南部家の当主・南部晴政は捕縛された。
九戸政実はかつての主君を前にして、最上家からその処置の指示を待った。
その間、政実はかつての主君・晴政と幾度か話しをした。
南部家には恨みのないこと、だが南部家では先が見えなかったことなどを話した。
晴政は寝返り者を前にしても感情を乱すことなく、政実が陸中国の本城である高水寺城の城主を任されていることを話すと、温かいまなざしを向けて「それは良かった」と話し、そして観念するように黙り込んだ。
政実は晴政を殺さぬよう陳情したい気になったが、最上家においてそんなことを出来る立場にはなかった。
最上家では晴政捕縛の知らせは義守にすぐに伝わり、義守はすぐに斬首するようにと指示を出そうとしたが、義光にこの件は任せた。
義光は伊達家との戦いには南部家の力が必要だと父に伝え、父に解放を指示してくれるよう伝えた。
義守は当主の座を義光に譲ったことは正解だったと、この時に強く感じた。
義光の申し出はその通りだと思ったが、自らが当主だったら、南部家は皆殺しにするしかなかった。
それは恨みからか?
違う。
恨みで言えば、前線で戦い、仲間を何人も殺された義光の方が強かろう。
それは恐怖からだろうと、義守は思った。
義光はまだ戦の本当の怖さを知らぬのではないかとも考えたが、南部家にはもはや挽回する力はないことは今回に限ってはないと考え、南部晴政解放を命じた。
永禄4年8月。
解放された南部晴政は三戸城へ帰還し、すぐに城外に打って出たが、包囲していた安東愛季隊らに撃破され城へ逃げ帰った。
国人衆の支持を失った南部家が、戦で勝つことはもうないだろうと、晴政は思った。
この戦の後、安東愛季の部隊は城の包囲を九戸政実隊に引き継ぎ、九戸城へと退却した。
永禄4年9月、最上家の評定。
最上家は南部家の本城である三戸城を、兵5000で包囲していた。
陥落は時間の問題のように思われた。
しかしこの月、伊達家との停戦期限が切れた。
本国の徳山館では改修が進み、氏家守棟によって土塀構築が行われた。
また農業区画には、義守の要請で果樹園が作られることになった。
また開発では開墾は一段落し、池田盛周は兵舎の建設に取り掛かった。
永禄4年9月。
今川家の三河侵攻の第一陣は松平・織田連合軍が撃退したが、今川家は第二陣を天野景貫ら総勢3000を送り込んでいた。
永禄4年9月。
室津城を攻めていた黒田官兵衛は、姫路城に浦上家の大軍が押し寄せている報告を聞いて驚いた。
黒田官兵衛は浦上家の兵力を把握できていなかった。
浦上家の軍師・宇喜多直家は、黒田官兵衛が兵力の乏しい室津城を攻めている隙をついて、赤松家の本城である姫路城に総勢5500もの兵で攻めかけた。
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